指揮者の山田和樹氏の略歴は、リーフレットに詳しく記載してありますが、2005年から東京混声合唱団のコンダクター・イン・レジデンスに就任しています。
本録音の後、2009年にブザンソン国際指揮者コンクール優勝し、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者に就任するなど、その実力ぶりには定評があります。
最初の『混声合唱と2台のピアノのための 交聲詩 海』は2007年2月17・18日の東京混声合唱団の特別公演のライヴです。
以前からこの交響詩の演奏は、栗山文昭氏指揮、合唱団OMP、ピアノは田中瑶子氏によるものが名演奏かつ名盤として評価されてきました。当方の愛聴盤でしたが、廃盤のため一般的には入手が難しくなっており、このCDはその意味でも貴重でしょう。
東混の音圧は圧倒的な迫力で迫ってきます。立派な声ですね。この曲の音程の正確さを聴き分ける耳に自信はありませんが、切れ味は抜群です。スピード感もあり、ある種のアクロバット的な箇所も難なく歌いこなしていました。ピアノを受け持った中嶋香さんと篠田昌伸さんの素敵な演奏も聴きものです。合唱に全く負けていません。海の大きさをしっかりと表現していました。
リーフレットの三善晃氏のコメントでは「山田和樹さんと東京混声合唱団の演奏は、いつ聴いてもその自在な遠近法に感嘆する」とありました。三善氏のコメントは作品同様、理解するのに難解な箇所も含まれていますが、高評価を与えているのは間違いないです。
この難曲をこなすのには、これくらい達者なピアニストと美声の集団、そして卓越した技量の指揮者の組み合わせが必須でしょう。一般的なアマチュア合唱団が到達できる曲ではありませんが、観賞するのには最高でした。
『混声合唱と2台のピアノのための 唱歌の四季』は、ピアノ伴奏が大切となってくる曲集です。伴奏というより、ピアノだけで一幅の音楽を作り上げていますので、ピアニストの感性が決め手になると思います。
このCDでは中嶋香さんと篠田昌伸さんという『交響詩 海』で見事な演奏を披露したピアニストが同じく素敵な演奏でリスナーを魅了してくれました。略歴を見ていますが華麗な演奏歴を誇っています。
童謡や小学校唱歌など、懐かしの歌の数々が、三善晃の編曲によって芸術の領域へと高められた曲集です。格調の高さが合唱にもピアノからも感じられました。三善晃作品ですので、時折顔をみせる和声の意外な変化を楽しむことでこの曲集の良さを感じ取れることでしょう。
高野辰之作詞、岡野貞一作曲のコンビが生み出した「朧月夜」、作詞・作曲者不詳の「茶摘」、高野辰之作詞、岡野貞一作曲の「紅葉」、作詞・作曲者不詳の「雪」、中村雨紅作詞、草川信作曲の「夕焼小焼」というように曲の並びは標題の通り春夏秋冬の巡に並べられ、懐かしい気分に包まれます。誰もが知っている曲だからこそ、編曲が生きてくるのです。凡庸なアレンジでは退屈してしまいますので。
「朧月夜(岡野貞一作曲)」の冒頭の男声ユニゾンのメロディを聴いていますとなんて良い曲なんだろうと思います。旋律の美しさを引き立てるようにピアノが華麗に彩っていました。2台のピアノの包みこむような音色の上に、混声合唱がうまく乗っかるような演奏でした。
三善晃氏の作品に共通することですが、ピアノ演奏は大変ですね。力量のあるピアニストでないとなかなか弾きこめない大きさをもっていますので。
何回かの転調がまた趣をかえてよい雰囲気を醸し出しています。この東京混声合唱団の合唱の柔らかさがこの懐かしい曲の魅力を上手く表現していました。
「茶摘」、「紅葉(岡野貞一作曲)」、「雪」のいずれの曲も唱歌の本質的に持っている「郷愁」が感じ取れるような演奏でした。日本の唱歌の良さを再発見するような三善晃氏の名編曲と言えるでしょう。馴染みの深い曲が素晴らしい合唱となって蘇ってきます。単なる編曲ではなく、原曲へのリスペクトに溢れており、音楽の再構築を試みようとしているのがよく分かります。当然その辺りは演奏の難しさに繋がりますが。
終曲の「夕焼小焼(草川進作曲)」の冒頭は、女声の懐かしい雰囲気が漂うユニゾンでスタートしています。声高に歌うというのとは対極の優しさに満ち溢れた歌唱でした。ピアノも主張するのではなく、合唱をそっと支えるように演奏していました。
「夕焼小焼」は少しずつ盛り上がり、最後は豊かな声量を必要とする大団円を迎える編曲です。ラストのソプラノが歌うハイCの箇所はとても難しいのですが、東京混声合唱団のソプラノのハイCは圧巻の一言です。感動しました。流石にこれだけ充実した演奏はなかなか聴くことが出来ません。
合唱する側も聴衆にとっても馴染みがある曲集ですので、多くの合唱団で取り上げていただければと思います。
『混声合唱と2台のピアノによる レクイエム』は難曲中の難曲でしょう。どの箇所を聴いても圧倒されます。理解するというレベルではなく、声の音圧に埋もれて、押し寄せる声とピアノに心を委ねるという心境でしょうか。このCDでは、難しさを理解しながらも、そんな雰囲気を微塵にも感じさせない力量の高さが随所から感じられました。流石に余裕は無かったかも知れませんが。合唱界の貴重な遺産の一つとしてこの素晴らしい合唱を拝聴しました。歌詞の込められた強さも鋭く伝わってきます。平常心で聴くことが適わない曲でもあります。
なお、ラストの曲が終わってから、1分間ほど沈黙が続き、その後盛大なブラボーの掛け声と拍手が聴こえてきました。
この『レクイエム』のピアニストの一人は新垣隆氏だったのですね。あることで話題になってしまった方ですが、これだけ難しいピアノを演奏できる技量は相当評価されるべきものでしょう。作曲能力の高さは別件で証明されていますので、今後の音楽活動を温かく見守っていく必要があります。